総務省が作成したガイドラインに対するパブリックコメント(ドラフト)です
国内の状況について
固定網の状況:ストリーミング視聴ならほぼOK、ただし数パーセント程度は悪い
動画ストリーミングサービスによるQoE計測によると、国内固定網はかなり上手く通信できており、高フラストレーションな視聴セッションの割合は数パーセント程度です(出典:インターネット健全性とQoE計測について:https://blog.nic.ad.jp/2024/9615/ )
つまり、日本の固定網の課題は「数パーセントの悪環境を見つけ出し、潰していくこと」です。また、インターネットはベストエフォートであり、数パーセントの悪環境は仕方がないというネットワーク関係者もいますが、一般ユーザにとっては、動画がまともに見れなくて何のための固定網かというのが一般的な意見だと思われます。具体的には10Mbps程度(フルHD動画、一般Webページをスムーズにブラウジングできる)の速度確保はベストエフォートのインターネットであっても必須です。
速度競争:人間が認識できないレベルの(無意味な)速度競争が行われている
通信キャリアは高速回線(2Gbpsや10Gbps)、ISPは数百Mbpsの平均速度を誇示し、ユーザに対し優位性を強調しています。しかし、一般的なユーザが日常に行う動画やWeb視聴においては、最も条件の厳しい4K動画においても40Mbps程度でストレスなく視聴可能です。
つまり、動画やWebのような一般的なインターネット使用において、100Mbpsを超えるような速度は、ほぼ人間にとって識別不可能であり、キャリアやISPは、無意味な「高速性」により、一般ユーザを紛らわしているという状況に陥っており、正常化が必要です。
ガイドラインの問題点
速度に対する合格基準がない
動画視聴において必要となる帯域は、フルHDで10Mbps程度、4Kでも40Mbps程度です(これ以上の速度が得られても視聴体験のスコアは殆ど上がりません)。前記の悪環境とは、これを下回る環境が該当します。つまり、平均が200Mbpsである等の議論は不毛であり、10Mbpsも出ていない環境のあぶり出しが重要になります。
平均値ではなく出現数の議論が必要
日本の固定網は、全体としては良好な速度を得られているため、平均値の議論には意味が無く、悪環境の出現割合の議論が必要です。そのため、ガイドラインで定められている四分位だけでの結果表示では不十分であり、結果が悪かった計測の割合を明示的に示す必要があります。例えば、速度を以下のようにクラス分けし、それぞれの出現率を公表するようなアプローチが有効です:
- 10Mbps以下:フルHDの動画において中断が頻繁に発生する可能性が高い速度、Webページ視聴においてフラストレーションがたまり始める(平均的なWebページ(2.2MB)の表示に約2秒以上かかる)速度
- 20~40Mbps:フルHDは良好だが4K動画において中断が頻繁に発生する速度
- 40~80Mbps:4K動画において早送り等が上手くいかない可能性がある速度
サンプル数が少ない
数パーセント程度の悪環境のあぶり出しについては、ガイドラインで定義されている人工的な計測では、サンプルとなるユーザ数が少なすぎ、悪環境を上手くあぶり出せない可能性が高いです。このような数パーセント程度のあぶり出しについては、基本的に全数調査が必要になります。
ガイドライン自体について
無意味な速度競争を加速させるガイドライン:策定しない方が一般ユーザのためになる
ガイドラインという名前から、完成度が高く、このガイドラインに従っていれば、ISP比較の役に立つものという印象を受けます。しかし、実際にはユーザ体験に意味のない平均速度の計測に関するガイドラインであり、実際のユーザの関心毎である悪いユーザ体験の比率等については触れられていません。また、計測方法も人工的な少数のサンプル計測であり優良誤認を仕掛けやすいものになっています。その結果、意味のない(ユーザが認識できない)ISP間の速度競争を加速させ、ユーザに混乱を与えるものになっています。
総括的な状況把握には役立たないガイドライン
このガイドラインは、個々のISPによる自社ユーザのQoS計測が対象であり、総括的に日本全体のQoE、QoSを計測するものではありません。QoS、QoE計測が一般化していなかった2010年であれば、この方法しか無いという視点で今回のようなアプローチも有効でした。しかし、OTT側での全ネットワーク・全ユーザを対象としてた大規模なQoE計測が一般化している2024年においては、意味がないと言えます。
ユーザ視点での議論が無いガイドライン
ガイドラインおよびその策定のプロセスにおいて、ユーザ視点での議論が実質的には行われていないと思われます。たとえば、ガイドライン策定の前に、高フラストレーション通信の実割合について調査すべきでした。
一方、大手OTT事業者では、ストリーミングの視聴QoEのような形で、ユーザのフラストレーション状況をほぼ全てのセッションに対して計測しており、日本のユーザ状況について広範囲かつ正確に把握しています。また、OTT事業者では、チャーン分析的アプローチで高フラストレーションなセッションの出現割合について定常的な監視も行っています。つまり、現状、ユーザの状況を総括的に把握しているのは、ネットワーク事業者ではなくOTTです。これらOTT側のQoEデータについては、現状、一般には公開されていません。しかし、統計値としてのQoEデータについては、通信の秘密や個人情報にはあたらず、総務省等が依頼すれば公開可能なデータです。
また、今回のガイドライン策定委員には、このようなユーザ視点・OTTが持っている知見に対する有識者が存在せず、それがガイドライン全体を意味のないものにしたと思われます。今後、ネットワーク品質等に関しては、OTT側の有識者を参加させる必要があります。