OTT視点によるネットトラフィック予想


告知:本調査については12月17日開催のJaSEG勉強会で説明します。

サマリー

10年後のInternetトラフィック(量)を、「ユーザのネット系デバイスへの接触時間」から相関分析し予想しました。結果は以下です:

  • ネット系デバイスへの接触時間とトラフィック量の相関は高い(相関係数:0.99)
  • トラフィックは「今後、現在(32.5Tbps)の1.5倍である47.5Tbps程度で頭打ちとなる」と予想できる

はじめに

ネットワークのような複雑系における将来予測は一般には困難です。ただし、複雑系が(もし)単純な要因との相関が高ければ、その単純な要因の将来予測を行うことにより複雑系の将来予想が可能になります。今回は、トラフィック増加の主要な要因であると考えられる「ユーザのネット接触時間」を用いた将来トラフィックの予測を試みます。

トラフィック調査

トラフィック予想のベースとしては、総務省が取りまとめている「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計・試算」を使用します:

本調査の特徴は以下です:

  • 年2回(5月、6月)集計
  • 固定網のみの調査
  • 2017年5月から集計が変更(5社⇒9社)

ユーザのネット接触時間調査

ユーザのネット接触時間としては、博報堂が行っているメディア定点調査を使用します:

本調査の特徴は以下です:

  • アンケートベースの調査
  • 対象は15~69歳の男女
  • 調査時期は毎年1月であり、その結果をその年の調査結果として発表(2024年1月の調査を2024年の調査結果として発表)
  • テレビへの接触時間にはネット動画の視聴も含む

相関分析1

相関分析を以下の条件で行います:

  • 期間
    • 2017から(トラフィック側の集計がこの年から変更になったため)
  • トラフィック
    • 毎年11月の集計結果を使用します
  • ネット接触時間
    • 接触時間は「パソコン、タブレット、携帯/スマホ」の合算とします
    • 1年前のトラフィックと相関分析します(2024年のデータは2023年として扱います)

結果は以下のグラフとなり、相関係数(R)は0.9957となります:

相関分析2

前のグラフで、コロナ期(2020、2021)と、最近(2022、2023)が近似直線とずれています。これらについて考察します:

  • コロナ期(2020、2021)
    • この時期、大手OTTは、ネット混雑緩和のために配信コンテンツのビットレートを引き下げました(エンコーディングレートを下げる、マルチビットレート配信において低ビットレート再生を優先させる)。この結果、通常期よりも接触時間あたりのトラフィックが低くなっています。
    • この結果、2020および2021については近似直線よりも下側にデータがプロットされています
  • 最近(2022、2023)
    • 最近、テレビにおけるネット動画視聴が多くなっています。米国ではNielsen社がテレビにおけるネット動画視聴の割合を集計しており、2024年10月ではvMVPDを除くと40.5%となっています。一方、国内では直接的なデータ集計は行われていないため、以下の2つから推測(掛け算)すると、国内TVにおけるネット動画視聴割合は16%(63.5%*26%)となります。
      • メディア定点調査2024(前述)
        • 「テレビ受像機をインターネットに接続している」割合:63.5%
      • コネクティッドTV白書2024
    • そして、元のデータセットに対して以下の補正を行うと:
      • コロナ期(2020、2023)を除外
      • TVにおけるネット動画視聴を追加(2017年:0%から2023年:16%まで線形に増加と仮定)
    • グラフは以下となります:

そして、相関および近似式は以下になります:

  • 相関係数
    • 0.997
  • 近似式
    • トラフィック(Tbps)=0.2925*分-50.447

ここで、近似式について検証を行います:

  • 傾き:0.2925
    • 「ネット接触時間が1分増えるとトラフィックが0.2925 Tbps増加する」を意味します
      • これは、「1日あたり3.2175PBのダウンロード増加」=「(全国民1億人として)国民1人当たり1日32.17MBのダウンロード増加」=「32.17MBのダウンロードが1分の動画視聴により増加する」=「国民が平均4.29Mbpsの動画を見ている」ということを意味しています。
  • Y接点:50.447
    • 意味なし
  • X接点:172.46 (50.447/0.2925)
    • ネット接触時間のうち172.46分についてはトラフィックを消費しない(=Web等の軽いアクセス)であることを意味しています。

傾き(視聴ビットレート)に関しては若干大き目な感じはしますが、OTTの肌感とは大きく違わない結果であるため、本稿での追及はここまでとします。

テレビ視聴率の動向

ネット接触時間の詳細を分析する前に、テレビ視聴率の動向を見てみたいと思います。ただし、テレビ視聴率の長期的な分析については、調査会社やテレビ局内部には存在しますが、一般には公開されていません。そのなかで、分析を行っている以下のサイトによると:

コロナ期を境にテレビ視聴率の低下速度が増加(コロナ期以降のテレビ離れ加速)しています。

ネット接触時間の詳細分析

ネット接触時間のみをプロットすると、以下のようになり、2020年および2021年のコロナ期を除くと、エビぞる形で接触時間が増えているように見えます。

これは、前述の「コロナ期以降のテレビ離れ加速」の影響が出ていると思われます。また、2023 年については、2017年と2020年(コロナ期)を除くと、最もネット系デバイスへの接触時間が増えた年になります(2017年に大きく接触時間が増えた理由は不明です):

接触時間増加(単純)%接触時間増加(CTV補正後)%
201712.5812.58
20182.822.95
20193.343.39
202014.5217.04
20212.392.42
20220.510.50
20234.664.87

しかし、2024年現在における媒体別接触時間は以下であり:

  • テレビ:122.5分
  • ネット系:268.5分
  • その他:41.7分

今後テレビからネット系への接触時間の移行が進むとしても、ここ10年というスパンでは(2024年時点におけるテレビ接触時間の半分程度である)60分が限度であると思われます。また、メディア総接触時間についても2021年以降減少傾向にあり、この意味でも、ネット系への接触時間増加は、ここ数年で急速に増加率が縮小すると思われます。

トラフィック予想

以上により、接触時間の増加は60分程度が限度であり、前に得られた近似式により、以下が限度であるという結論になります

  • 「17.55Tbps(60*0.2925)のトラフィック増加」=「現状の約1.5倍」

また、接触時間の増加が120分になった場合は、以下のように現状の2倍程度のトラフィックが必要となりますが、これは電波等の放送が廃止され全てネット経由にならないと不可能な数字です:

  • 「35.1Tbps(120*0.2925)のトラフィック増加」=「現状の約2倍」

補足:今後のトラフィック増加

まず、最近のトラフィック増加は、動画を見たいという欲求を元に「一般ユーザが光ファイバーやモバイルブロードバンドを契約する」ことにより支えていることを頭にいれておく必要があります。そして、このようなネットアクセスの市場規模は約8兆円あります。つまり、単純計算で国民ひとりあたり年間約6.7万円をネット産業に支払っており、すでに家計支出の5%程度を占めています。これ以上の追加負担は「動画を見たい」以外の効用が必要になります。

そのため、トラフィック増加を考えるにあたっては、そのトラフィック増加を支える原資について(誰が、どのような形で、どれぐらいの市場感で支えるかを)示す必要があります。この視点を持ちつつ各マーケットを見ていきます:

Web

Webは、ユーザが直接費用負担する媒体であり原資的には問題ありません。しかし、もともと動画の(直観的には)1/100程度のトラフィックしか必要としませんし、国内Webトラフィックについては、過去37ヵ月ダウントレンド(減少傾向)であると報告されています。

VR

VRについても、ユーザが直接費用負担する媒体であり原資的には問題ありません。また、VRは視野範囲の映像をストリーミング配信しているだけなのですが、低遅延対応や画面の動きが激しいため、定性的に必要ビットレートが高くなります。目安としてはクラウドゲームの推奨帯域である25Mbps程度であり、一般的なフルHD動画視聴の10倍程度の帯域が必要となります。ただし、Sandvine GIPR2024によるとトラフィックシェアは0.0001%程度であり、ほとんど普及していません。

IoT

IoTの市場規模は国内でも6兆9,198億円あり、その通信部分としてトラフィック費用を賄える可能性があります。しかし、SandvineのGIPR2024によると、トラフィックシェアは0.03%しかありません。それほどトラフィックを必要としていない市場です。

AI

AIは、定性的に大量のデータ処理が必要となる市場ですが、現状の市場規模(システム)は6,859億円程度しかありません。一般的に、ある産業において通信に投入できる費用は市場規模の多くて数割です。そのため、市場規模が十分に大きくならないと消費できるトラフィックは増えません。

課題

バックボーントラフィック

これまでの議論は、アクセス網を含む全トラフィックの話だったのですが、バックボーントラフィックの詳細についても考察する必要があります。つまり、バックボーンは、アクセス網に対して通信単価が1/10程度であり、比較的トラフィック爆発が起こりやすい網です。詳細分析については、将来の課題として残します。

提灯調査の是正

まだまだトラフィック爆発が続くという論調の通信業界に忖度したレポートがあります。これは、需要を積み重ねただけでビジネス性を考慮しない稚拙なものです。

一方、通信キャリア等は、このデータを使い自社利益優先で社会の方向性を曲げようとします。しかし、これは一種のパワーゲームであり、非難すべきものではありません(ビジネスとして当然の行動です)。

課題はOTT側の振る舞いであり、このような提灯調査に対して、ビジネスとして原資への考察を含めた正しい形での反論し、社会を正しい方向に導く必要があります。

影響の考察

別記事にまとめます


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